展覧会情報 大阪府20世紀美術コレクション展

大阪府20世紀美術コレクション展 津高和一、清水九兵衞、井原康雄

From Osaka Prefectural 20th century art collection - TSUTAKA Waichi, KIYOMIZU Kyubei, IHARA Yasuo

大阪府は、国内外20世紀後半に生まれた美術作品を中心に、約7800点に及ぶさまざまな美術作品を収蔵しています。
今回その中から、津高和一、清水九兵衞、井原康雄各氏の作品を展示いたします。




開催期間
2011年5月3日(火)~6月5日(日)
(井原康雄のみ5月10日(火)から)
(津高和一展のうちY室のみ5月29日まで)
開館時間
11:00~19:00(※月曜休館・最終日は17:00まで)
開催場所
SPACE A, B, C, Y
展示内容
大阪府立体絵画
作家名
津高和一、清水九兵衞、井原康雄

展示室A
 戦後抽象彫刻の一断面 1971-1993
 アルミの質感と親和(アフィニティー) 
 清水 九兵衞
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展示室B・Y
 誕生100年 戦後抽象絵画のパイオニア 1952-1973
 点・線・面の詩情(ポエジー) 
 津高 和一
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展示室C
 ニューヨークに渡った現代美術家の青春
 -抽象作家集団「テンポ」の時代 1957-1963
 井原 康雄

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展示室A 戦後抽象彫刻の一断面 1971-1993 アルミの質感と親和(アフィニティー) 


清水 九兵衞(きよみず きゅうべい 1922-2006)

1922年(大正11年)愛知県生まれ。
東京藝術大学鋳金科に学んだ後、一時期、具象彫刻を制作していたが、'66年から金属を素材とした抽象彫刻を制作するようになる。
1年あまりのヨーロッパ滞在を経た'70年頃からは、アルミニウムによる抽象的な構成作品を発表し、'74年からは「AFFINITY アフィニティー(親和)」をテーマとしたシリーズ作品をてがける。

清水の作品は、フォルム自体の魅力もさることながら、そのまわりの空間や環境、建築との関わり方に重点が置かれている。
その後、数多くの野外彫刻を制作し、多くの野外彫刻展で受賞を重ね、現代日本の彫刻界で重要な地位を確立した。

'77年からは、日本古来の「面」や「かつら」の形態を意識した《MASK》や《WIG》のシリーズを、'80年代には、人間の胴・腕・足を想起させるような《TRAVERSE》や、立方体や正方形の板と扇面体の三種類のユニットの組み合わせによる《FIGURE》のシリーズをてがけ、'90年代には《CORRESPONDING FORM》《京空間》などのシリーズを制作している。

清水の作品は、洗練された簡潔なフォルムによって造形感覚の冴えをきわだたせる一方で、その芒洋としたつや消しの質感にはある種ぬくもりさえ感じさせている。
'95年大阪府は国立国際美術館と共催で「清水九兵衞展」を開催し、これを機に清水九兵衞氏より彫刻作品など27点を収集した。

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展示室B・Y 誕生100年 戦後抽象絵画のパイオニア 1952-1973 点・線・面の詩情(ポエジー) 


津高 和一(つたか わいち 1911-1995)

1911年(明治44年)大阪府生まれ。
大阪市に生まれたが、すぐに武庫郡(現:西宮市)の津高家養子となる。
戦前、シュルレアリスム系の現代詩人として出発したが、言語弾圧にあって絵画を描くようになり、大阪中之島洋画研究所に通って絵を学ぶ。
戦後は「行動美術展」を中心に作品を発表、初期の具象絵画の時期を経て、次第に線描のフォルムを主体とした抽象的な作品へと移行する。
'50年代には太い線と厚塗りによる抽象造形が中心となり、'52年には完全な抽象作品に達する。
'60年代にはカリグラフィックな叙情的抽象に移り、'70年代は簡潔な色面と線描による平面的な表現へと変わっている。
それらの作品の根底に流れているのは、詩人としての感性とエスプリによる表現であったといえる。

「現代日本美術展」「日本国際美術展」「サンパウロ・ビエンナーレ展」「グッケンハイム賞国際展」をはじめ、アメリカやヨーロッパでの国際展に出品し、抽象絵画を代表する日本現代美術の画家として活躍した。
'65年「西宮市民文化賞」、'67年「兵庫県文化賞」を受賞。'68年からは大阪芸術大学教授をつとめ、'86年には「大阪芸術賞」を受賞している。

'93年、大阪府は国立国際美術館と共催で開催した「津高和一展」を機に、絵画作品90点を収集した。

'95年1月17日未明兵庫県南部を襲い、5000名を越す死亡者を出した阪神淡路大震災に遭い、古い農家を改造した自宅倒壊の下敷きとなって夫妻とも没する。

 

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展示室C ニューヨークに渡った現代美術家の青春ー抽象作家集団「テンポ」の時代1957-1963 


井原 康雄(いはら やすお 1932-2010)

1932年(昭和7年)大阪府生まれ。
関西学院大学在学中より、'54年から'62年にかけて「行動美術展」に参加する。
大学卒業後、「行動美術展」に構成的な作品の出品を続け、「行動美術賞」を受賞し、作品が『朝日ジャーナル』の表紙に掲載される。
'58年大阪の白鳳画廊、'59年神戸新聞会館で個展を開く。'60年と'61年「朝日新人展」に出品し、'62年には森口宏一ら6名で現代抽象作家集団「テムポ」を結成し、関西在住の有力若手作家として活躍する。
'62年、'63年「グループテムポ展」を京都市美術館、大阪のそごう百貨店画廊で開く。また「朝日新人展」にも選抜される。
'63年、京都国立近代美術館の「現代絵画の動向 -西洋と日本- 展」に選ばれ、この年の秋の「テムポ展」を終えアメリカに渡り、活動の拠点をニューヨークに移す。
'65年から'67年には、画廊や大学で展覧会、パフォーマンスなどを行い、'70年に一度帰国し、大阪芸術センターでパフォーマンスを行う。

'71年から再び絵画ではない造形活動を再開する。'76年からはじめた舞台美術の仕事で生活を支えながら、定住した。
'88年には、大阪府立現代美術センターで開催した「今日の作家シリーズ展」で滞米中の作品が紹介された。
'97年、大阪府は「行動展」に作品発表をはじめた'50年代後半から'60年代にかけて、現代美術に青春の夢を追っていた井原康雄の若き日の絵画作品40点の寄贈を受けました。

 

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