展覧会情報 現代美術インディペンデントCASO展 2003

Independent CASO exhibition 2003
現代美術インディペンデントCASO展2003 

このたび弊ギャラリーでは、7月1日から7月27日にかけて、毎年恒例になりましたギャラリー独自企画の公募展「現代美術インディペンデントCASO展」を開催いたします。

開催期間
前期 2003年7月1日(火)~7月13日(日)
後期 2003年7月15日(火)~7月27日(日)
開館時間
11:00~19:00 (7月13日、7月27日のみ17:00まで)
開催場所
SPACE A, B, C, D
展示内容
インスタレーション現代美術インディペンデントCASO展立体絵画
作家名
前期作家 12組(16人)
(2003.7.1-7.13)

山岡敏明、
GROUP/3[MUGEN]2003
(いつさきいつこ、KATSUTARO、さとうみちこ)、
ナオエケイコ、藤島英久、米田雪貴、
内野清隆、若松公一、萱谷修二、
タナカナツコ・長友紀(二人一組)、
川嶋守彦、増田広大、
サン セニョーレス サワ
(達哉ムチャチョ、裕美デュルセ澤)


後期作家 15組(16人)
(2003.7.15-7.27)

近藤千晶、野口リサ、古坂はるか、
つかもとやすこ、七海壽、
平瀬恵子・崎山弓(二人一組)、
森本玄、一居弘美、三村亘、
吉川京介、内藤圭介、百瀬静絵、
田中和子、岡本才智栄、石田仁

 既成のあらゆる権威や名声、アカデミズムや商業主義の勢力に対峙して、芸術表現の自由と独立を高らかにうたった第1回「アンデパンダン展」は、1884年、パリで開催されました。
 集まったメンバーはあらゆる美術組織やグループから独立した一人の人間として表現活動を行う画家、彫刻家でした。このフランス起源のアンデパンダン精神は、第2次大戦後の日本の美術界にも伝播し、「日本アンデパンダン展」(1947~)、「読売アンデパンダン展」(1949~1963)、「京都アンデパンダン展」(1955~1990)などの発足につながっています。

 2000年9月にオープンした民間最大規模の現代美術スペース「海岸通ギャラリー・CASO」は開館して2年あまりになり、関西を中心とした内外の美術作家の展示紹介を積み重ねて、徐々に関西の現代美術シーンをリードしつつあります。
 こうした活動をさらに推し進めるため、誰でも無審査で自由に参加できる「アンデパンダン展」の精神を、現代に新たな形で蘇らせたいと考え、「現代美術インディペンデントCASO展」を計画しました。

 第1回は昨年(2002年)7月開催され好評を博し、今回が第2回です。現代美術の可能性を信じ、それを志向する多くのアーティストの交流の場になることを期待します。

 今回も、多くの皆様のお問い合わせと、関係各位の熱心なご勧誘のおかげで、計27名・組の参加を得て開催の運びとなります。参加者は長野から福岡、年齢は若手を中心に20歳代から60歳代まで、作品傾向も絵画、映像、テキスタイル、立体、インスタレーションなど多岐に渡っています。参加者にはそれぞれ10m前後の壁面もしくは25㎡の床面が割り当てられ、その中を自由に使用して様々な作品を発表できます。


 主 催 現代美術インディペンデントCASO展実行委員会
 後 援 大阪府、大阪市、朝日新聞社

 会 期
   前期 2003年7月 1日(火)~7月13日(日)
   後期 2003年7月15日(火)~7月 27日(日)
   午前11時~午後7時( 7月13日、7月27日のみ午後5時まで)

 会 場 海岸通ギャラリー・CASO(大阪市港区海岸通2-7-23 電話06-6576-3633)

 入場料 無料



 出展者によるトークショー (司会:木ノ下智恵子)

 参加費:パーティー代も含め、1,000円

 前期 7月5日(土) 15:00~16:15

 後期 7月26日(土) 15:00~16:15

 いずれも16:30より簡単なパーティーを予定



展示風景

前期  2003年7月 1日(火)~7月13日(日)

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後期  2003年7月15日(火)~7月27日(日)

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前期作家

内野清隆 Kiyotaka UCHINO

1973 北九州市生まれ
1997 東京藝術大学 美術学部工芸科卒
1999 東京藝術大学 大学院美術研究科工芸(染織)専攻修了
大阪市在住

「俺の環境」
今更ですが、現在の我々の目の前に展開している風景の大半は、画一化されたサービスを提供する小売店組織等が作り出した均一に整地された風景であったり、誰かが海外から持ち帰った様式の模倣、水増しを繰り返したものが氾濫している状況であったりする訳ですが、私はこの状況の中で生きてゆくにあたって自分の中に湧き起こる種々の感情(侘しさや、これらの風景の隙間で見つけた情緒等)が動機となってこの様な作品を制作するに至った次第です。

山岡敏明 Toshiaki YAMAOKA

1972 大阪生まれ
1995 東京造形大卒

個展
 1998 グチック人類1(ギャラリーうず潮・大阪)
 2003 グチック考07(ギャラリークオーレ・大阪)

グループ展
 1993 地球のゴミでアートする展(西宮市民ギャラリー他)
 1994 2人展 エキジビション I, II (八王子美術アートセンター・東京)
 1995 摩天楼の眺望展(ゼクセル「ZOOM」・東京)

作品タイトル
「グチック考2-01 T.マカセ」 「グチック考2-02 T.ワッカ」
 それぞれ高さ429.5×横295.5、419.5×289.0
「Gutic People」ファイル4冊


 私は作品を作り出すというよりも、
 あるものの断片を手がかりに、
 その「あるもの」の姿を探していきます。

 そうして立ち現れてくる、その姿さえも、
 より大きなものの断片でしかありません。

 全体が部分を孕んでいるのではなく、
 部分が、全体を孕んでいると私は考えます。

GROUP/3[MUGEN]2003 
 いつさきいつこ Itsuko ITSUSAKI
 KATSUTARO Katsutaro
 さとうみちこ Michiko SATO

GROUP/3 MUGEN 2003
1998 第1回MUGEN展 道友社ギャラリー
2000 第2回MUGEN展 道友社ギャラリー
2002 第3回MUGEN展 大阪府現代美術センター
2002  現代美術インディペンデントCASO展

 いつさきいつこ -宙-
 KATSUTARO -息-
 さとうみちこ  -刻-

宙を見上げると、太陽が照りつける、人間は裸となり、はしゃぎ開放感が漂う/
そこには、果てしない海が広がっている地球、遠い時代より生物である男と女たちは結び合う、細胞分裂、輪廻転生を繰り返して花弁が開き咲き誇っている/
花たちは競っているのだろうか、それが何なのか…自然…神…紙…知ることもない。

(下の展示風景写真)左よりいつさきいつこ、KATSUTARO、さとうみちこ

萱谷修二 Shuji KAYATANI

倉敷芸術科学大学 芸術学部美術学科環境造形ゼミ4回生

「ATOMIC PLATE」

アトミックプレート(Atomic Plate)とは、私のイメージとひらめきで作られた私のイメージ(形)プレートである。作品の原点であり、私の頭の中にあるイメージの源、イメージ原子である。
アトミックプレートは、見る人によって違った受け止め方や、イメージがわくであろう。抽象の中のイメージ(形)はその人によっては思い出がある形や私に共通する考えを持った形かもしれない。
私のイメージ(形)と形どうしのつながりを自然のまま見てもらう。作品をどう解釈するかは見る人次第の平面作品である。

藤島英久 Hidehisa FUJISHIMA

1979 富山県生まれ

タイトル「光」162.1×260.6 「狂気」162.1×330.9


生命の「生きる」「生きている」なかにある感覚を表現したいと思っています。
-何かを感じられる作品を作ってゆきたい。

タナカナツコ Natsuko TANAKA

タナカ ナツコ
 1981 北九州市生まれ
 2003 京都市立芸術大学美術学部油画専攻三回生

「此処にある身体」
与えられたお洋服を脱いで、眼鏡をとって、
此処にある身体にあたる風に、
細胞のひとつひとつを開いて、
感じる全てのことを、受け止めていこう。

長友紀 Nori NAGATOMO

長友紀 ナガトモノリ
 1975 京都府生まれ
 2003 京都市立芸術大学美術学部油画専攻在学

「東西南北端」
浮かんでくるイメージが世界を形づくります。
その前で私が感じることはなにか。
あなたが感じることはなにか。
私はそれが知りたい。

川嶋守彦 Morihiko KAWASHIMA

川嶋守彦
1968 京都市に生まれる
1991 大阪芸術大学美術学科卒業

1989 12人展 (大阪芸術大学情報センター)
1990 LONG HOT SUMMER 90 (ギャラリークオーレ・大阪)
1993~2002 個展 (信濃橋画廊・大阪)
1994~1999 個展 (ギャラリーココ・京都)
1995 西脇市サムホ-ル大賞展 (西脇市岡之山美術館)
1997 アトリエシリーズ展 Vol.8個展 (西脇市岡之山美術館)
1998 個のしごと展 (信濃橋画廊・大阪)
   個展 (ギャラリ-アパ・名古屋)
1999 京展1999 (京都市美術館)
2002  現代美術インディペンデントCASO展
   9月 川嶋守彦/元永紅子 展 (祇をん 小西/京都)
   11月 元永定正80才とその家族展 (堤側庵/三重)

「日本の花」

「日本の花」、これが今回、出品するテーマとタイトルです。
ここで言う「日本の花」は国家コミュニティーとしての意味よりもコミュニティーを形成する言語、習慣、それらより生ずる「日本人の嗜好」に焦点をあてた言葉でもあります。
かの利休によって確立した日本人の嗜好はあらゆる意味において表層的であり、それは西洋型の現代美術とは別のパラダイムを有した物語でもあると同時に「不思議大国ニッポン」を主題に語られる物語でもないことも自戒して製作しなければならないと思っています。

900×3600mm 1点、150×150mm 5点、
壁面へのドローイング 1000×1000mm

若松公一 Kouichi WAKAMATSU

「鏡に映る自分」

私にとっての絵画という物は、現代社会のモラルや宗教というおおくの偏見や差別のなかで、肖像画というもの、また芸術家の生み出す自然の情景、自画像などには、美的な能力と感性の共有が、真善美という、もっとも美しい形として芸術という概念を形成してきたものの現われであって、美術のように「私」や個人を語るとき物や価値の基準が何処に現れるかが社会のルールや秩序の中には問題としてある。
それを具現化し他者に見せることにより、絵画の感性の一致や、美術自体の概念を変えている「何か」など、趣味というよりは芸術というものでの実験的なアプローチであり存在の主張であり、友人や社会、学生、社会人という枠にとらわれるのではなく、逆に歴史として自分を純粋に表現した形である。

サン セニョーレス サワ San Senores Sawa
 達哉ムチャチョ Tatsuya Muchacho
 裕美デュルセ澤 Hiromi Dulce SAWA

「むちゃちょ しんかい」

のみを持った私は何も考えていない。何かが見えたらさっさと私を捨てる。
かすかな光であっても、それを信じて私を捨てる。
たとえ天地逆となり、泥の海となっても、いつかは透明になり時間が止まるだろう。
そして私の手によってできたものは、私そのものであり、またひょっとしてひょっとしたら別のものであるかもしれない。あなたにとってはあなたの鏡。この場において、あなたの感じたことが目の前に写し出され、私とつながる。
私の中の常識は絶えず変化している。あなたの概念もいつかは打ち砕かれ、ありがとうございますという言葉が出るにちがいない。

達哉ムチャチョ 略歴
1962 岐阜県生まれ
1991 裕美デュルセ澤と結婚後メキシコに1年間滞在し木彫りに出会う
1994 熊野本宮の山中に移住
現在自宅内に「ガレリア エル ニーニョ」をオープン
サン セニョーレス サワの夫婦展を各地で開催
新縄文人を目指す

作品:
 (下左)ムチャチョ…人間大の彫刻3点 布絵3点
 (下右)裕美…1mほどの板絵6点ほど

米田雪貴 Yuki YONEDA

1979 兵庫県生まれ
2002 京都造形芸術大学 美術科洋画コース卒
2003 長野県白馬村にて制作

個展
 2002 ギャラリーすずき・京都
 2002 「退屈の花展」 信濃松川美術館・長野

グループ展
 2000 「Welcome to my room - artist's book」 Voice gallery・京都
 2001 「群馬青年ビエンナーレ01」 群馬県立近代美術館
 2002 「仙台アートアニュアル2002」 せんだいメディアテーク・宮城
 2003 「第14回関口芸術基金賞」優秀賞、 柏市民ギャラリー・千葉

タイトル「あてのない旅」

暮らしの中で、時々はっとする瞬間がある。
それらは頭の中につめこまれ、絵を描こうとした時ひとつひとつ出てくる。
最初はバラバラだったイメージも、折り重ねていくうちに
ひとつにつながる。

増田広大 Koudai MASUDA

2000 大阪芸術大学附属美術専門学校卒

活動歴
2000 二人展 タンクギャラリー・大阪
2001 壁画制作 Peace Cafe、心斎橋、大阪
2002 個展 Barソウルキッチン・大阪

「美しいものたち」
私が感じてきたもの、今感じていること、奥深く眠っている感情、自分で理解できるのはほんの一部です。
絵画という表現方法をとおし、カタチとなり色となり初めて多くの自分を自分で見られる気がします。だけど一秒一秒自分は変化し今の自分は過去となっていきます。
だから私は描き続けたいと思っています。そんな過程の中で今私が美しいと思えるものを色やカタチにし表現しました。

ナオエケイコ Keiko NAOE

2000 大阪芸術大学音楽学科音楽工学コース卒
2001 個展「ルナリス・アンブラ~生成の空間~」現代美術センター
2002 第1回白川郷芸術祭出品「ディヴァイン・チャイルド」
2003 個展「水蓮~Water Lotus~」海岸通ギャラリー・CASO

 認識の世界では時間は存在と深く関わりを持つ。時々刻々、全存在世界が生起して来る様は東洋的時間意識として深く追求されてきた。
 絶対無分節とは意味的分節化のない、すなわち意識することそのものがない状態でり、全ての可能性を含んだ状態である。
 生物は混沌の中から存在を秩序付けることにより、個々の世界を作り上げることになる。

後期作家

近藤千晶 Chiaki KONDOU

1989~2001 独立展、関西独立展
1998,1999 青木繁記念大賞展
1999,2000 現代日本美術展(賞候補)
2000 Asian Art Now 2000(Las Vegas Art Museum, USA)
1996 個展 (銀座スルガ台画廊)
1998 個展 (Gallery K、倉敷)
2001 個展 (村松画廊、銀座)
2002  個展 (海岸通ギャラリー・CASO、大阪)
他個展、グループ展多数
現在 倉敷芸術科学大学 芸術学部講師

「Surface 1~3」

 確かに支持体の上に描かれたものに過ぎないとしても、画面の上数センチのところで宙吊りにされとどまっているような絵画、リヒターのぶれた画像が画面の外で焦点を結ぶように支持体からも自由な絵画、どのように表現すればそのような絵画が出現するのかを考えています。
 現在は、できるだけ感情や連想を喚起することのない、ありふれたぺらぺらと薄く軽いモチーフを選びイメージすることから出発して、重力から解き放たれる方法を模索しています。

野口リサ Risa NOGUCHI

1981 大阪生まれ
2002  現代美術インディペンデントCASO展
2003 大阪芸術大学美術学科四回生

「存在の定義――絵画」

 表現の多様化が進み、作家と観覧者の距離は今や殆どなくなったように思われる。だがそれは一方で,何か重大な問題を孕んでいる気がしてならない。
その「何か」を模索する為に,私は「描く」という行為を取る。それは単なる懐古主義的な行為ではなく,絵画以外の表現媒体を批判するわけでもない。かと言って、全く新しい絵画の存在意義を作り出す行為とも言い難い。

古坂はるか Haruka FURUSAKA

1976 大阪生まれ
1996 アートキャンプ白州にボランティア・スタッフとして参加
1999 武蔵野美術大学 造形学部油絵学科 卒業
2000 ランス国内のアート・フェスティバルを見回る
2001 ㈱アートクエスト内・長沢アートパークパイロット事業
   実行委員会東京事務所にて、プログラム・アシスタントを務める
2002 フィンランド アーティスト・イン・レジデンス、 アトリエ・ストゥンダース に滞在
2003 ノルウェー アーティスト・イン・レジデンス、 アートセンター・マーズィに短期滞在
現在、美術家、大阪在住

個展
1998 “Inspire” 武蔵野美術大学 課外センター
2002 “カルハカサルフ” Galeria Rasen, 東京
   “Freezer” ヴァーサ市立図書館, ヴァーサ, フィンランド

グループ展(Selected)
1999 “五美術大学展” 東京都美術館
2003 “Under Trial” 海岸通ギャラリー・CASO, 大阪(予定)


 現象や物事の移り変わり、その時々の差異に注目し、絵画を主軸として表現しています。

つかもとやすこ Yasuko TSUKAMOTO

2002 Pratt Iinsitute、MFA
企業で働いた後、ニューヨークで美術を考え直す事になる。
このインディペンデントCASO展と同時期に、ランカスター フィルム&ビデオフェスティバルでビデオ作品を発表予定。


 溢れる視覚的刺激の中、私たちは一体何を見ているのだろう。
 日常と非日常の狭間に存在する世界は、何気なさの中に潜んでいるのかもしれない。
 視覚と知覚の同時性に「気づき」、見えなかったものが見えることに「気づく」という意識を驚きと共に持ちつづけていたい。

七海壽 Hisashi NANAUMI

七海 壽(ななうみ ひさし) 芸術文化学博士

「ゆたゆた」

 ☆絵を描けば芸術作品かい?
 ★そんなばかな!
 ☆自己主張がアートかい?
 ★・・・
 ☆偽善者め!!


作品サイズ・縦4.5m×8m (1点)

平瀬恵子 Keiko HIRASE

1981 徳島県生まれ
2000 大阪芸術大学美術学科入学
2002 GEISAI2(東京)
   全国大学版画展(東京)

「一つの場所」
冬の夕暮れ時に散歩をしていると、畑の枯れた蓮の葉が人のように見えたことがある。まるで大勢の人が寂しそうにたたずんでいるようで心を惹かれた。季節が替わり同じ場所を訪れるとその姿はなかった。
一つの場所でも季節や時間帯によっていろんな表情を見せる。一つの風景と捉えるか、無限のイメージを見出すかは人それぞれである。

崎山弓 Yumi SAKIYAMA

2000 大阪芸術大学美術学科入学
2003 同校在学中

私は写実描写によって表現します。今回取り組んだテーマは「母」です。
母は私にとって特別な存在です。親であり女性であり。母を描くことで、私は母を見つめます。
油彩で制作する時間は、そのための時間です。同時にその視線は私にも向けられます。

森本玄 Gen MORIMOTO

1964 三重県生まれ
1995 東京芸術大学大学院 博士後期課程修了
1989・91・92・94 現代日本美術展 (東京、京都他)
1991 第19回リュブリアナ国際版画ビエンナーレ展
1995 第1回ソフィア国際版画トリエンナーレ展
1996・97 現代日本の視覚展 (三重県総合文化センター)
1998 個展 (On Gallery、大阪)
1999・2001  第4回・第6回昭和シェル石油現代美術賞展(目黒区美術館、東京他)
2003 個展 (ギャラリー恵風、京都)
   京都・洋画(ペインティング)の現在(いま)~85人の視点(京都文化博物館、京都)


水の分子一個一個に、もしも印を付けることが出来るなら、それらの来し方行く末を観察してみたい。
誰かの吐いた溜息に含まれる水分子は雲に姿を変え、大気圏という地球の薄皮の中で雨となって大地に降り注ぐ。そして、砂利や海や、多くの生命の隙間を通過して、再び「私たち」を巡る。私たちは閉じられた円環の、無限の拡がりに生きている。

一居弘美 Hiromi ICHII

1982 京都芸術短期大学(現京都造形大) 造形芸術学科洋画卒業
1983 新制作展入選(1985~1994・1996以降毎年)
1984 関西新制作展入選(1985~1994・1996以降毎年)
1986 関西新制作展新作家賞受賞
1991 IBMびわこ現代美術展入選(1992・1993)
2000 小磯良平大賞展入選
2002 加西市花の美術大賞展入選
   FUKUIサムホール美術展奨励賞受賞
   フィレンツェ賞展特別賞受賞

生命を絶やさず繋げていくという、単純で一番大切な事。そのために幾度となく進化を繰り返し、長い時を経て出来上がった、とても美しい自然の形、したたかな生命の歴史を感じます。
そして、私自身も、自然の中にある、一生命体であることに気付かされます。多様で複雑な価値観の中、今を生きている私が忘れてはならない事が、そこにあると感じます。
強く美しい球体は、次の命のために壊れていくのだけれど、今の私は、そこに共感しているのかもしれません。

三村亘 Wataru MIMURA

福岡市在住
1995 日本CGグランプリ/優秀賞
1997 別府現代絵画展/優秀賞
   浅井忠記念賞展
   昭和シェル石油現代美術賞展
1998 '98ABC美術コンクール/優秀賞
   春日水彩画展/優秀賞(2000以降毎年)
1999 花の美術大賞展/スポンサー賞(2000以降毎年)
   第5回ACT大賞展/佳作
2000 大阪ビジョン21/銅賞
   現代日本美術展/賞候補
2002 現代日本絵画展/佳作
   風の芸術大賞展/賞候補

「Breeding」

 へんちくりんな形体が作り出す一つの世界。
 自然発生したくねくねした形態。それらを取り巻く環境を表現したもの。まじめに滑稽なものを用いて一つの世界観を表現しました。

吉川京介 Keisuke YOSHIKAWA

個展/ABCギャラリー企画展/吉原治良賞展/安井賞展/
毎日日本国際美術展/現代日本美術展/エンバ賞展/
ABC絵画イラスト展/中日展/
ラジカル・アート・エキジビション展(草間弥生大賞)/
青木繁賞展/加西花展/名古屋市文化基金事業で手汗力8人展/
他で受賞多数

 漢字は、観念である。
 漢字を解体・合成・創作すると観念は減少する。点・画の組み合わせが変われば新しい意味が生まれる。
 今回、そこへ美濃の和紙と大理石の粉などをメデュウムで練りこみ、ペースト状にして、アクションペインティングを行った。漢字の自由形体にペインティングを合体させる一種のコラボレーションである。
 その行為は、創造性を模索する方法の一つと思う。既成のもの、日常的なものへの「意味撹乱」であり、「価値撹乱」でもある。そのようにして仕上がった作品は、新しい意味の伝達体でもある。どのような感じがするだろうか。ポストモダンの絵画の意味もある。「人間の自然回帰を願ってやまない。」

内藤圭介 Keisuke NAITOU

1936 愛知県生まれ
1959 多摩美術大学 油絵科 卒業
   ジャパン・アート・フェスティバル、日本国際美術展、
   現代日本美術展、エンバ美術賞展、ABC絵画イラストコンクール
   等に入選多数
1991 国際インパクト・アート・フェスティバル(京都)
1992 日韓現代作家交流展(京都)
   第1回現代美術交流展in横浜(横浜)

コンセプチャルアートと言ふ言葉を聞かなくなって、もう長い年月が過ぎてしまったような気がする。かと云って、新しいイズムや考え方が登場した訳でもない。物凄いITの展開の中で皆んな思いおもいに、かってに生きている。生きて行けない人もいる。色々な物や文化が津波のように押し寄せてくる。
でも人間の心は、そんなに変わっていない。此れは要らない、あれも要らない、此れからは自分で選択して棄てて行く時代ではないだろうか。
棄て切れなかった心を再構築して、コンセプトの終焉を整理するのか、また、もっと古臭い次元で、自己流の考え方を新たに展開できるのか。

百瀬静絵 Shizue MOMOSE

1988 名古屋女子短期大学 造形デザイン学科 卒業
1998~2003 アートナウ北陸中日展
1999 リキテックスビエンナーレ展
2000~2002 伊豆美術祭 絵画公募展 他各展出展、受賞多数


 朝起きる。前日からの疲れが残る。身支度もそぞろに家を飛び出す。3キロ歩いて満員電車。会社のポジションに着いた時にはもう疲れている。気が付くと朝食抜きである。ノルマの山積、蛮勇を奮い仕事を始める。上司からの無理な要求と叱責。上司へのお茶のサービスや上司個人のお使い走り等々・・・。何とかお昼時間。休憩も半分。そして長い午後、残業へ・・・。これが軽めの一日である。
 「低賃金」、「高納税」、「出産の不安や少子化問題」、「福祉の希薄」、「戦争」などだれもが最低限普通の生活にも支障をきたす現状である。そのような現代生活の断面である現実を象徴化したような作品創りをしている。
 方法としては、アプロプリエーション(引用、流用)の手法を使い、ジョナサン・ボロフスキー(賛)の作品のハンマーリングマン(いつも無表情で孤独に働く人を意味している作品)に、自分の造形をオーバーラップさせ、創作する方法をとっている。希望のない労働の象徴であり、これが現実である。

田中和子 Kazuko TANAKA

2000・2001 アートナウカナザワ北陸中日美術展
2002 北陸中日美術展 選抜加賀展出品
   瑞浪美術祭 大賞受賞
2003 損保ジャパン美術財団選抜奨励展出品 他各展出展、受賞多数


 70年代以後、表現の自由が市民権を得てから久しい。思想も表現においても幾多の発見があった。
 私のモチーフは顔である。ピカソも顔の創り方に腐心していた。顔の部分を付けたり、取ったり、歪めたり全く自由に行っている。
 私の場合は最初に人の顔を造る。無個性を表す為に全部画一化した同じ顔である。それに物理的な様々な加工を施している。ドローイング、絵具の流し、垂らし、デカルコマニー、カッティング、穴を穿つ、重なる下に秘密を込めての重ね貼り、等々徹底して苛める。苛める行為によって物を云う。顔は感情が顕著に現れる所であり心情を知る事もできる。
 前述の創作行為の後に生まれる顔は、現代の苛酷で不可避な生活条件の中で生きる現代人の顔。
 グロテスクな内なる顔のつもりである。罪な顔、罰したい顔、反省の必要な顔が全部である。
 故にそれぞれの懺悔を描きたかった。
 社会の在り方、自分の生き方に疑問を持つ毎日である。

岡本才智栄 Sachie OKAMOTO

2002,2003 倉敷芸術科学大学 福本教室選抜展 出品
2002 ヤノベゼミ「コンテナプロジェクト」参加
2003 倉敷芸術科学大学 卒業
現在 倉敷芸術科学大学 大学院 在学


 人間の顔を「色」「形」「肌合い」の3点によって表現する。

石田仁 Jin ISHIDA

1981年 生まれ
京都造形芸術大学在学
ギャラリートランクルーム(京都)などにて展覧会


「言葉の途中」
<言葉>をテーマにして作品に取り組んだ。
<言葉>に対して受け取り方は様々ではあるが、言葉の扱いについて考えたものである。
言葉とは会話上の手段の一つでしかないのか、表現を先行させるためのものなのか、現在、根のない言葉は数多くある。
言葉がきれいに簡略化して、企業の商品のようになり全国に出荷されている、それを批評するのではなく、考察したい。
考え使うことでしか言葉を信頼できないと確信する。
途中とは未完の意味ではなく、日本人特有の曖昧にすることでもない、一息つくための身体行為である。

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